今年は呆れてものも言えない政治状況が続いた。
昨年の衆議院選で大勝した与党の「強行採決」ラッシュに始まり、厚生労働省の外局(=量的・質的に特殊性をもつ事務を処理する機関)である社会保険庁の「年金問題」、昇格したばかりの防衛省のテロ特措法延長関連の「データ改ざん問題」。それに例年の(?)大臣級の政治家のカネにまつわる問題と突然の安倍総理大臣の辞任劇が加わって、まずはにぎやかな年だった。
夏の参院選以降、法案が中々通らない国会を「ねじれ」と称して問題視する向きもあるようだが、今までの国会があまりにも儀礼的だったとする識者たちには少数でも歓迎する風潮さえある。彼らは談合には慣れているが、「議論に慣れていないだけだ」と言っている。
それにしても、その「ねじれ国会」を「大連立」で乗り切ろうとしたことは、少なくとも、直近の参議院選で大勝した民主党のすることではなかろう。民主党内で「ねじれ」ている場合ではないのではないか?今回は、そのまま、「党首辞任」を容認すべきであったろう(組織がトップを慰留するなど、聞いたことがない)。
今回の「慰留劇」で民主党は政治を国民の手からまた切り離したように思う。
これだけ政治不信が続いているのに、肝心の国会議員の多くが自民か民主のどちらかの傘に入れてもらうことだけを考えているのが辛い。「二大政党」を目指すのもいいが、国会議員なら雨にぬれても外に出なければならない時もあるだろう。
こうした特殊なサラリーマン根性の国会議員ばかり目立ち、新しい局面をつくる意欲のある政治家がでないことが一番の問題ではなかろうか?
だいたい、管理された国会議員なんて意味あります?

















